彫金工芸「菊広」

彫金工芸「菊広」

自分に負けたら、ただの鉄屑 気迫の技で心を打ち込む

菊池廣志暮らしに密着した土臭さが魅力の岩手堂箪笥。大ぶりの鉄の金具がついた、極めて民芸風の重厚な箪笥。そもそもは天明3年(1783年)岩谷堂地方(岩手県奥州市江刺区)の城主が、飢饉に苦しむ農民のために産業化をはかったことが始まりといわれています。
その工程は、この地に豊富な欅、桐を用いた木地作り、県北特産の漆を用いた塗り、そして鉄に華麗な彫金を施す金具作りに大別されます。
どっしりとした堅牢な作り、天然木目を鮮やかに浮き出させる漆塗、そして何といっても一番の特色は繊細な模様が手彫り、手打ちで描かれる金具にあります。

彫金工芸・菊広のご主人、菊池廣志さんは、現在たった三人になってしまっている金具職人の一人。仕事に誇りを持ち、情熱を傾ける、彫金では数少ない伝統工芸士です。鏨(たがね)を鎚で打ち、輪郭を彫り細かい線を刻む、そして裏から打ち出して模様を浮き出させていく。もちろん下絵はありますが、鏨の勢いで微妙に違ってくるといいます。150本以上の鏨を使い分け、強弱をつけながら彫っていきます。まるで鏨を絵筆に、鉄に絵を描いていくかのように、一打ち一打ちに気迫がこもります。菊池さんの手にかかると、硬くて平たい何の変哲もない鉄から、竜が踊り出す、牡丹が咲き誇るのです。

「朝から晩までコツコツコツコツ、叩くか削るか切るかだけ。硬い鉄とのつき合いだから、気力が負けたら、ただの鉄屑になってしまうからね。」鉄との闘いであり、自分との闘いでもあるこの仕事は、苦しみも多いが、それだけに喜びも大きいといいます。

菊池さんの経歴がまた圧巻です。最初は木地作りの職人でした。しかし、一人前の職人として脂の乗り切っていた37歳で彫金に転向。この素晴らしい伝統技法を絶やしてはならないという思いからでした。当時彫金には後継者がいませんでした。37歳とはいえ彫金職人としては1年生、給料は半分、師匠は68歳と高齢で、早く覚えなければと人の三倍も四倍も努力をしました。「言い出したら聞かない人だから、反対はしませんでした。好きで始めたことだから、グチも言わなかったしね。でも十日くらいした時、しょんぼりお酒を飲みながら、ポツンと『あー、あれは人から頼まれてやる仕事ではない』と、たった一度だけ言ったことがあったね」当時を思い出して目をうるませる奥さん。そして、四十六歳で独立。すでに師は他界していました。

及川洋「あと二年遅かったら、中途半端だったでしょうね。でも本当に続けてきてよかった。」この菊池さんの言葉には、厳しい修業を経て、伝統の技を継承してきたという誇り、現在の仕事での充実感、そして彫金に対する深い深い思いが実感としてこもっています。

そして今、菊池さんは、いい仕事をしたいと思うのはもちろん、この技を何としても後世に伝えなければならないという強い信念を持っています。菊池さんが身を挺して守ってきたこの技は、お弟子さんに、言葉ではなく心で、伝えられていくに違いありません。

会社概要

会社名 彫金工芸「菊広」
住所 岩手県奥州市江刺区愛宕字前中野224-1
電話番号 0197-35-0381
   
   
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